2012年2月8日水曜日

大岡昇平  『野火』

飽食の時代、「飢え」を想像することはできない。さらに、いつ殺されてもおかしくない状況というのも想像ができない。それだけ、戦争というのは異常な体験なのだ。

主人公は太平洋戦争下のフィリピン戦線で戦う日本兵、田村。結核におかされて本隊を追われ、飢えと疲労の熱帯をさまよう。道すがらには兵の死体が横たわる。死んだ兵士の肉を食べる者もいる。生と死の境界線上にいて、なおも肉体は食べることを要求し、死んだものは誰かの生のために食われるのか。
田村も食べたい欲求にかられる。だが、≪神≫の視線から逃れられない。拒む理由は倫理なのか生理的嫌悪なのか。田村は悩む、苦しむ。生きるために悩む。しかし、「肉体を保つために人としての道を外れて食べる」、もしくは「人の道をまっとうするために食べずに死ぬ」と、どちらに転んでも“生きてはいけない”選択肢しか、この極限状態では残されていないのだ。

田村は、最後の最後まで葛藤する。怒りともいえる執念で問い詰め続ける。