なんとも気持ちの悪い小説だ。欺瞞であった牧師の“愛”が、とても気持ち悪い。その下心には、独占欲があったのだが(おそらく肉欲も)、神の言葉を隠れ蓑に「愛」として説くのだから、なんとも嫌らしい。少女の無知に、“無垢なるもの”を勝手に見出しているようで、そこも傲慢だと思う。
視力を取り戻した少女は、これまでの矛盾や罪悪感から自殺する。光を得た途端に罪を知るという悲劇的な宿命を負った構図となっている。
おそらく、私も含めて人は生きている限り、多少なりとも見て見ぬふりというのをしている。誰かを傷つけたり、大事な人に嘘をついたり、偽りの自分を演出したり。それを直視せず、罪として深く意識せずに生きている。いうなれば、精神的な盲人なわけだ。真実を見ようとすればするほど、自分自身の汚濁を見つめなくてはいけないわけで、そこと折り合いをつけるには、大なり小なり見て見ぬふりという手段が必要なわけだ。

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